大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 昭和57年(行ウ)13号 判決 1985年4月24日

大分市金池町三丁目五番二号

原告

松村祐男

右訴訟代理人弁護士

徳田之

大分市中島西一丁目一番

被告

大分税務署長

後藤増雄

右指定代理人

篠崎和人

宮本吉則

立川忠一

森武信義

小佐井秀秋

公文勝武

谷口利夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五五年一二月一五日付をもってなした原告の昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五四年分の各所得税課税更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分(但し、再更正処分によって減額された部分を除く。)は取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五二年ないし昭和五四年分所得税の青色の確定申告書に次のとおり記載して、それぞれ法定申告期限までに申告した。

一覧表

<省略>

(注) △印は、還付金の額に相当する税額を示す。

原告は、昭和五五年一〇月六日、右各年分の修正申告書に次のとおり記載して、申告した。

一覧表

<省略>

(注) △印は、特別減税額で負数を示す。

被告は、昭和五五年一二月一五日、次のとおりの更正処分及び賦課決定処分をなした。

一覧表

(更正処分)

<省略>

(賦課決定処分)

<省略>

原告は、右更正処分及び賦課決定処分に対して、昭和五六年一月二〇日異議申立てを行ったが、被告は同年四月一五日右申立てを棄却したので、さらに原告は同年五月六日国税不服審判所長に対し、審査請求を行ったところ、昭和五七年一〇月二六日棄却の裁決を受けた。

被告は、原告が本訴提起した後の同年一一月二二日次のとおり一部減額する再更正処分及び賦課決定処分を行った。

一覧表

(減額再更正処分後の額)

<省略>

(注) △印は、特別減税額で負数を示す。

(賦課決定処分額)

<省略>

2  右更正処分及び賦課決定処分(但し、再更正処分によって減額された部分を除く。以下「本件処分」という。)は、原告が産婦人科診療所の建設資金として借入した資金の利息の一部を「家事上の経費」(所得税法四五条一項一号)として必要経費になることを認めず、所得を過大に認定した違法がある。

よって、原告は本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

三  抗弁

原告は、大分市金池町三丁目二七四九番地一〇、一一に存した鉄筋コンクリート造陸屋根四階建の建物(以下「旧診療所」という。)を一部取り壊して、改築及び増築して、五階建の建物(以下「本件建物」という。)を造り、診療所及び居宅として、昭和五二年八月二三日保存登記したが、以下に詳述するとおり、昭和五二年ないし昭和五四年の所得税の各確定申告(但し、修正申告によって、増額したもの。以下「申告」という。)において、借入金利息の内事業用資金に使用されていない資金に係る利息を必要経費として控除しており、また、本件建物及び付属設備の減価償却費を過大にして所得から控除しており、これらを課税所得に加算すると請求原因1記載の本件処分の所得金額及び納税金額を上まわることになる。

1  利息

原告は本件建物を増改築するについて、自己所有の福岡市内の土地二筆を売却し、その代金及び金融機関(医療金融公庫及び大分銀行)からの融資によりその資金を捻出したが、左記の一覧表記載のとおり、右資金は建物取得費(同表4及び6)のほか個人借入金返済(同9)及び事業用(同10の「残額」とされているもの)等に使用された。

一覧表

<省略>

ところで、原告は、産婦人科医師として診療所を経営する者であるが、同時に家庭生活を営み消費行為を行っているのであるから、事業主としての支出であっても、その支出が事業上の必要経費か、家事上の経費かを識別する必要があり、本件建物の内別紙図面(一)ないし(三)の太線で囲まれた部分は居住用に使用されているのであって、右部分(以下、「居住用部分」という。)の取得費に係る借入金利息は家事上のものとすべきであって、必要経費として所得から控除しえない。

そこで、居住用部分の取得費を算出するに、本件建物の総床面積は九一六・〇九平方メートル(改築部分二七八・六平方メートル、増築部分六三七・四九平方メートル)あり、そのうち右居住用部分は、二四七・五七平方メートル(改築部分九六・三七平方メートル、増築部分一五一・二〇平方メートル)であり、改築部分の取得費は二一一五万二四一一円、増築部分の取得費は一億二〇一八万七五八九円であるから、床面積比により居住用部分の取得費を算出すると、次の一覧表及び計算式記載のとおり、合計三五八二万二九〇五円となり、それ以外の部分(以下「診療所部分」という。)の取得費は合計一億五五一万七〇九五円となる。

<省略>

1 居住用住宅分の価格の計算(上表の床面積比により計算する)

改築部分

増築部分

合計 35,822,905円

診療所分の価額の計算 居住用住宅分

改築部分 21,152,411円-7,316,790円=13,835,621円

増築部分 120,187,589円-28,506,115円=91,681,474円

合計 105,517,095円

次に資金関係について、不動産譲渡代金(但し、譲渡費用を控除した残額)、医療金融公庫(以下「公庫」という。)及び大分銀行からの借入金を右の順序で本件建物の内診療所部分の取得費、取壊し費用、住居用部分の取得費、個人借入金返済資金に充当し、残額を本件建物以外の事業用資金として使用したと認定しうるから、これにより計算すると次の一覧表記載のとおりの充当関係となる。

一覧表

<省略>

したがって、公庫借入金の内六五一九万一八三一円及び大分銀行借入金の内一四四八万五二六四円に係る利息が必要経費となる。

原告が、公庫及び大分銀行に昭和五二年ないし昭和五四年に支払った利息は次のとおりである。

一覧表

<省略>

原告は、右支払利息の内、公庫への利息全額及び大分銀行への利息の内個人借金返済資金三五〇万円に対応する利息部分を控除した金額を医業に係る費用として、必要経費に計上して、次のとおり申告した。

一覧表

<省略>

しかし、原告の支払利息の内必要経費と認めうる金額は、公庫借入金六六〇〇万円の内居住部分に充当された八〇万八一六九円を除いた六五一九万一八三一円に応対する支払利息及び大分銀行借入金五三〇〇万円の内事業用資金に充てられた一四四八万五二六四円に対応する支払利息であり、昭和五二年ないし昭和五四年の必要経費とされる利息は次のとおりである。

一覧表

<省略>

よって、原告が必要経費とした支払利息額から右金額を控除した金額は、課税所得に加算されることになり、その金額は、

昭和五二年 一八万三九五一円

昭和五三年 二四一万一三一九円

昭和五四年 二一一万一三七五円

となる。

2  減価償却費

本件建物の増築部分の内事業用(診療部分)部分は、建物部分、空調設備、電気設備、給排水設備及び昇降機設備から成り、減価償却資産として、その償却費は必要経費として、控除することができ、原告は定率法を選択して、償却費の金額を算定し、その際右施設、設備の取得価格を九八八七万四〇八九円として算定しているが、前記1で記したとおり、増築部分の取得費一億二〇一八万七五八九円の内診療部分の取得費は九一六八万一四七四円であるから、原告の減価償却費の算定の基礎額は過大なものとなっており、また改築部分について原告は取得費を一二五七万七六七九円としているが、前期1で記したとおり、改築部分の取得費二一一五万二四一一円の内診療所部分の取得費は一三八三万五六二一円であるから、原告の減価償却費の算定の基礎額は過少なものとなっている。

なお、原告は福岡市内の土地を売却し、その代金を本件建物の内診療所部分の取得費に充て、租税特別措置法(昭和五七年三月三一日法第八号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三七条一項の適用を受けたから、右取得費から譲渡益(譲渡代金から譲渡費用及び譲渡資産の取得費(措置法三一条の三により、譲渡代金の五パーセントとした。)を控除したもの。)を控除した金額が減価償却費算出の基礎となる取得価額となる。

そこで、本件建物の増築部分の各診療所部分について、減価償却費を算出すると別紙第一、二表のとおりとなり、原告は、

昭和五二年 二九万九一一四円

昭和五三年 二七四万六八一二円

昭和五四年 二四一万八〇三九円

過大に償却費を計上して申告していることになる。

3  よって、右過大利息及び過大償却費を原告の申告した所得額に加算して、課税所得を算出し、納税額を算定すると本件処分の金額を上回るから、本件処分は正当である。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1の事実中、本件建物の内居住用部分とした各部屋が居住用に使用されていること、居住用に使用されている部分の床面積及び必要経費となる利息は否認し、その余は認める。

なお、本件建物は一棟の建物であり診療所部分と居住用部分とが独立した建物として、別個に取得されたものではなく、かつ、被告の主張によっても改築部分の床面積の六五・四一パーセント、増築部分の床面積の七六・二八パーセントは診療所として使用しているのであり、本件建物の取得資金に係る利息の支払は、その支出の内五〇パーセント以上が業務用資産の取得のために支出されたことが明らかであって、所得税基本通達四五条の二によれば右支払利息全額が必要経費であることは明らかである。

また本件建物の増改築工事は、患者及び見舞客用の駐車場の設置、診察室、手術室、分娩室の新築拡充及び病室、ベット数の増強のために行われたものであり、改築工事はこれらの目的のためやむなく行われたのであって、改築部分のその後の使用状況のいかんを問わず、改築工事費に係る支払利息は必要経費とすべきであり、かつ、被告が居住用部分と主張する各部分は次に詳述するとおり、業務用に使用されているのである。

(一) 三階部分

別紙図面(一)(二)記載のC階段は、四階の院長応接室あるいは院長待機室から三階の病室に通ずる唯一の階段であり、エレベーター故障時を考えるまでもなく居住用のものでない。

別表図面(一)記載の改築部分の内、浴室は、本件建物唯一のものであって、原告や職員が常時使用し、緊急手術時等の応援医師や看護婦だけでなく、長期入院患者も使用するのであって、居住用のものとはいえない。

別紙図面(一)の院長宿直室は、原告が産婦人科医という特殊な職業に就いているため、緊急事態に対応できるようにインターホンをとりつけた部屋であり、原告が夜間そこで就寝するからといって、居住用とはいえない。

別紙図面(一)の事務室は、原告の妻が経理、人事管理、保険請求等の事務を行う部屋であり、本件建物中にこのような部屋はなく、居住用とはいえない。

別紙図面(一)の特別室は、非常の際に看護婦の待機室として使用されるものであって、居住用とはいえない。

(二) 四階部分

別紙図面(二)の院長応接室及び院長待機室は、診療所における基本施設であり、不可欠の部屋であって、本件建物以外に居宅を有する場合を考慮すれば、居住用の部屋とはいえない。

別紙図面(二)のエレベーター及びC階段は、原告が常時待機している四階部分から一ないし三階の病室、手術室へと移動する手段ないし通路であって、居住用でないことは明らかである。

別紙図面(二)の洗濯場については、業務用であることは明らかである。

(三) 五階部分

別紙図面(三)の階段部分及び倉庫部分は、本件処分においては、業務用と認めていたのであり、倉庫部分は機械室であって冷暖房装置が収納されており、他には全く使用できず、また物置と被告の主張する部分は、屋上の傾斜のため生じた三角形状の空間であって、その設置に費用をかけていない部分であり、階段は右機械室に至る唯一の通路であって、業務用であることは明らかである。

さらに、本件処分は、本件建物を実際に検分することなくなされたものであって、設計図面のみから表面的形式的考察によってなされた本件処分の認定は実態にそぐわない。

2  抗弁2の事実中、減価償却資産の取得費は否認し、その余は認める。

なお、青色申告に対する更正処分の取消訴訟において、更正処分の理由として附記されなかった事実を主張することは許されないところ、本件は青色申告に対する更正処分の取消訴訟であり、本件処分において、減価償却費は理由として附記されていなかったから、抗弁2の主張は失当である。

また、原告が昭和五二年度以降の所得税の申告にあたって、四階の全部と三階の改築部分の減価償却費を家事上の経費としたのは、本件建物全体が業務用資産であることを前提として、その一部を業務外に使用することの対価負担の算定法として便宜的に採用したのであって、この部分を居住用と認めたものではない。

第三証拠

本件訴訟記録中、書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、更正処分及び賦課決定処分の金額を減額する旨の再更正処分及び賦課決定処分は、右更正処分等を一部取り消すものと解されるから、本件処分の取り消しを求める本件訴えは適法である。

二  本件処分の違法性の有無

1  被告は、本件建物の内居住用に使用されている部分の取得費に係る支払利息は必要経費にならないとし、また右部分は減価償却資産にもならない旨主張するので、この点について判断する。

事業用の建物内に事業主が居住し、家庭生活を営む場合、課税に際して右建物全体を事業用資産として扱うことは所得税法四五条一項によって許されないものと解され、このことは、居住用の建物のみを有する者との比較において、十分合理性があるから、事業主が純然たる家庭生活を営む部分はもちろんのこと、そのほか一時的または臨時的に事業用に使用する部分であっても、その部分が主として事業主の家庭生活に使用される限り、事業用資産とはしえない。

ところで、原告は、所得税取扱通達(基本通達)四五条の二を引用して、本件建物の総床面積の内五〇パーセントを超える部分を事業用に使用しているから、右建物全体が課税上事業用資産であり、その取得資金に係る支払利息全額が必要経費である旨主張する。

しかし、右通達が行政庁の法令の解釈、運用を拘束するものであっても、当裁判所の法令解釈を拘束するものでないことは明らかであるうえ、また右通達に従って解釈するとしても、右条項は所得税法四五条一項一号、同法施行令九六条一号所定の家事関連費のうち必要経費となるものの基準として、「主たる部分が業務の遂行上必要」かどうかの基準をその「支出金額のうち当該業務の遂行上必要な部分が五〇パーセントを超えるかどうかにより判定する」ものとしているに過ぎず、業務の遂行上必要な部分の支出金額が特定しうる場合には右基準による必要がなく、そのことは右通達の同条項但書において、「当該必要な部分の金額が五〇パーセント以下であっても、その必要である部分を明らかに区分することができる場合には」その必要な部分に相当する金額を必要経費に算入しうる、と規定していることから明らかであって、右通達の基準は当該支出が家事関連費であるが、業務の遂行上も必要で、その割合を金額で按分することが困難または相当でない場合の基準と解せられる。そして、本件建物の取得資金に係る支払利息は事業遂行上必要な部分が一応特定し、他と区分しうるものと考えられるから、右支払利息全額が不可分なものとして、右利息が必要経費か否かを判定すべしとする原告の主張は失当である。

以上説示したとおり、本件建物の居住用部分の取得資金に係る支払利息は、課税上家事にかかわる支出であり、事業上の必要経費として所得から控除しえないとする被告の主張は、失当とはいえない。

2  そこで、本件建物の内に住居用に使用される部分が存するか否か、また存するとすればその範囲について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、乙第一ないし三号証、第九号証、昭和三九年五月ころの本件建物所在地付近の写真であることに争いのない甲第二号証の一、二、原告本人尋問の結果及び検証の結果によれば、以下の事実が認められる。

原告は、昭和三八年一月三〇日大分市金池町三丁目二七四九番一〇、一一の土地及び同地上に存した二階建の家屋(以下「旧居住家屋」という。)を取得し、また右土地上に別棟の鉄筋コンクリート造三階建の建物(以下、「旧建物」という。)を建築し、そこで昭和三九年五月ころから産婦人科医院を開いた。

旧建物内には、原告専用の院長室を一階に設けていたが、他に原告が個人的に使用する部屋はなく、原告は旧居住家屋において、家庭生活を営んでいた。

原告は、昭和五一年六月ころ、旧居住家屋及び旧建物の一部を取り壊わして、旧建物の増改築工事を始め、昭和五二年八月ころ鉄筋コンクリート造陸屋根五階建診療所兼居宅の本件建物を完成させた。

本件建物には、一階に診察室、検査室、レントゲン室等があり、二階に手術室、新生児室、病室及び会議室等があり、三階以上の階には次に記するような各部屋が存する。

(1) 三階の状況

三階は、別紙図面(一)の記載とは異なり、A階段と浴室との間が斜めの壁で仕切られ、そこに存するドアは南側から施錠されていて、通常は使用できぬ状況となっている。

その他の状況は、別紙図面(一)記載のとおりであり、増築部分はほとんどが病室となっており、改築部分は、浴室、洗面所、便所が東側に、原告の寝室として使用されている院長宿直室、原告の妻の寝室である和室、同人が経理事務を行いかつ日常生活を過ごす事務室が(それぞれ西側から順に)南端に、特別室がA階段の南隣りに存する。

そして、特別室は、緊急の場合に夜勤者以外の助産婦、看護婦の待機室として設けられたが、昭和五七年ころから一度も使用されず、別居中の原告の子女が帰省した際に使用されているに過ぎず、浴室、洗面所及び便所は、月に一、二回大手術を行った際に、応援に来た医師及び看護婦が使用することがあるものの、大半は原告夫婦が使用し、入院患者は三階北側にあるシャワー室を利用するため、使用することはなく、その構造も一般の家庭に存するものと変りがない。

また、院長宿直室、和室、事務室及び特別室には、原告夫婦の個人所有の衣類、家具、雑貨が置かれている。

さらに、C階段は、三階と四階を結ぶためだけに存し、踊り場には植木鉢が置かれ、階段途中にも本箱が置かれている。

(2) 四階の状況

四階は、別紙図面(二)記載のとおりであり、増築部分には、C階段、台所、院長待機室が東側に、エレベーターホール、和室(八畳)、院長応接室が西側に存し、改築部分には、A階段、洗濯室が存する。

そして、院長応接室は、主に原告の個人的な書斎として使用され、ソフアー、ピアノ等が置かれていて、年に一、二回原告が患者またはその家族等と応対する際に使用されることがあるものの、個人住宅における応接間とその構造は同じである。

院長待機室には、緊急の連絡にそなえて停電でも使用しうるインターホンが設置されているが、一般家庭における茶の間と全く構造が変わらず、テレビ、炬燵等が置かれている。

食堂及び台所は、原告夫婦が食事するために使用されており、時折応援に来た医師及び看護婦が食事することもあるが、その構造、内装は全く個人住宅のものと変りがない。

洗濯室には、大型の湯沸し機が設置され、電気洗濯機が一台置かれており、原告夫婦の衣類だけでなく、入院患者及び診療所で使用するシーツ、衣類等の洗濯にも使用されており、四階の屋上部分にはもう一台の洗濯機も置かれている。

(3) 五階の状況

別紙図面(三)記載のとおりであり、昇降機及び電気系統の機械の設置されている機械室が二部屋と東側の屋根が傾斜しているためにできた空間を物置としている部屋があり、右物置には、電気製品の空き箱、包装物等が入っている。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  右認定事実を前提として、本件建物内に居住用住宅といえる部分が存するか否か、及び存するとすればその範囲について検討するに、以下に説示するとおり、本件建物の内、三階の別紙図面(一)記載の太線で囲まれた部分及び四階の別紙図面(二)記載の太線で囲まれた部分から洗濯室を除外した部分(以下「非事業用部分」という。)が居住用住宅と認められる。

(1) 原告は、本件建物の建築目的が、診療所の機能拡充にあるのであるから、改築部分は右目的のためにやむをえずに改築されたのであるから、改築部分の使用状況を問わず、すべて事業用建物とすべきである旨主張するが、旧建物と比較して、本件建物の診療所部分がその床面積において広くなり、機能も充実していることは否定しえないとしても、それだけではなく、昭和三八年以前に建てられた旧居住家屋の老朽化に対処するため増築工事を行い本件建物を建てたとも考え得る余地があり、改築部分について、使用状況、その構造を問わず全部を事業用資産とする理由に乏しく、原告の主張は失当である。

(2) 三階における居住用住宅

別紙図面(一)記載の太線で囲まれた部分は、他の診療所部分と独立し、ドアに施錠することによって、隔絶するのであり、右ドアは常時施錠されているのであるから、原告夫婦以外の者が右部分に入ることは困難であるうえ、その部分には原告夫婦が生活をしていくうえで必要な衣類、寝具、タンス、書籍及び雑貨が置かれているのであって、居住用住宅部分というべきである。

原告は産婦人科医師の特殊性からして、院長宿直室が必要であり、また事務室、特別室、浴室、洗面所及び便所についても、診療業務に関連した使用がなされている旨主張する。

しかし、産婦人科医師が夜間出産等により緊急な事態に対応せねばならぬことが多いことは公知の事実とはいえ、原告が夜間常時そのような状況にあることを認め得る証拠はなく、また仮にそうであるならば、原告は他の医師を雇傭するなどして、夜間睡眠をとらずに待機する医師をおいてその事態に対応すべきで、その場合には一般住宅における寝室とはその構造を異にする仮眠室のような部屋で十分足りるのではないかとの疑念があり、本件の院長宿直室のように一般住宅と変りない寝室を備える必要性を認めることはできず、院長宿直室は居住用住宅部分とみなすべきである。

また事務室についても、本件建物の二階改築部分には、会議室が存するのであって、そこで事務をとればよく、かつ、原告本人尋問の結果によれば、原告の妻は、事務室で毎日一定の時間診療所の事務をとるわけではなく、必要に応じて行っているに過ぎないことが認められ、そうであれば、一般の個人商店の事業主が茶の間で売上、仕入等の経理事務を行うからといって、右茶の間を事業用の部屋とはいえないことの比較からも、右事務室が居住用住宅部分でないとはいえない。

さらに、特別室、浴室、洗面所及び便所については、その設置された目的はともかく、その構造からして原告夫婦が使用する以外に、他の不特定の人が使用するものとは考えられず、そのうえ現実の使用状況にしても、月に多くとも一、二回原告夫婦以外の者が使用するに過ぎず、住居用住宅部分でないとはとうてい認められない。

なお、原告は、C階段が院長待機室または院長応接室と診療所部分を結ぶ唯一の通路であるから、事業用部分である旨主張するが、三階と四階はA階段によっても結ばれているのであり、C階段は隔絶された三階と四階の居住用住宅部分を結ぶ階段として、もっぱら原告夫婦のみにより使用されているものであって、居住用住宅部分であることを否定できない。

(3) 四階の居住用住宅

別紙図面(二)記載の太線で囲まれた部分から洗濯室を除くと、他と独立した居住用の部分となり、そこに存する各部屋の構造、その配列及び使用状況からして、居住用住宅部分と認められる。

原告は、産婦人科医師という職業の特殊性からして、院長応接室及び院長待機室は不可欠なものである旨主張するが、右各部屋はいずれも本件建物の中で隔絶された居住用住宅部分内にあり、院長応接室とはいうものの一般家庭における応接室兼書斎となんら変りなく、その使用状況にしても特に一般住宅の場合と異なる使用がなされているとは認めることができないのであり、また院長待機室についても、一般家庭における茶の間と大差がなく、台所の北隣りに存することからして、食事前後の休息時に使用することが予想される配置になっており、そのうえ産婦人科医師としての待機室が特に必要であるなら、二階または三階の診療所部分に待機していたほうが、より患者への対応が迅速にしうると考えられるし、常時医師の待機が必要であるなら、原告一人では不十分なのであって、他の医師も使用しうるように居住用住宅部分内部でなく、診療所部分に原告以外の医師も自由に使用しうる構造、配置の部屋を設けるべきと思われるのであり、右院長待機室をもって、居住用住宅部分ではないとは、到底いえず、原告の右主張は失当である。

なお、被告は、洗濯室も居住用部分だと主張するが、別紙図面(二)記載のとおり、右部屋はかなり広く、かつ、大型の湯沸し機が設けられていることからして、原告夫婦が使用するには大規模過ぎるのであり、主に診療所で使用する業務用の衣類等の洗濯のために使われていると認められ、原告夫婦が使用しているからといって、右部屋を居住用住宅部分とはしえない。

(4) 五階の居住用住宅

別紙図面(三)記載のとおり、五階には、二つの機械室及び物置があるが、これを居住用に使用しているとは認めえず、かつ、その構造からいっても居住用の物置または倉庫とはいえず、建物の構造上、できた空間というべきであり居住用住宅部分は五階には存しない。

以上説示したとおり、居住用住宅部分は、三階の別紙図面(一)記載の太線で囲まれた部分及び四階の別紙図面(二)記載の太線で囲まれた部分から洗濯室を除外した部分であり、他に居住用住宅部分と認め得る部分はない。

3  以上の判断を前提として、本件処分が過大に所得を認定した違法なものか、否かについて判断する。

原告が修正申告した所得金額については当事者間に争いがなく、被告は、右金額を前提として、必要経費となる支払利息及び減価償却費が原告の申告した金額より過少になるため、その差額分を右所得金額に加算して、被告主張の所得金額を算定すると、本件処分で認定した所得金額を上回る旨主張するので、右支払利息及び減価償却費について検討する。

(一)  必要経費とすべき支払利息

前記二2で説示したとおり、居住用住宅部分である非事業用部分の取得費に係る支払利息は必要経費とはしえないから、これを支払利息合計金額から控除して、必要経費となる支払利息額を算出しなければならない。

そこで、右控除すべき支払利息金額の算定について考察するに、まず非事業用部分の取得費を算出せねばならぬが、その取得費を具体的に確定しうる証拠はなく、その構造、建築資材の材質等を無視して、増築部分と改築部分とに区別したうえ、それぞれの取得費総額を各総床面積と各非事業用部分の床面積との比率に乗じて算出するほかない。

もっとも、原告本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したと認められる甲第四号証によれば、本件建物の内三階改築部分に存する特別室、院長宿直室及び事務室(但し、和室四畳半を含む)等の改修工事費の合計が三七〇万円になることが認められるが、右各部屋の範囲について正確にこれを確定する証拠はなく、また原告本人尋問の結果によれば、右各部屋のある場所は旧建物の病室であったところであることが認められ、そうであれば、右改修工事費は比較的安価に改修しえた部分のみを選択して工事費を算出したものと疑念を払拭しえず、右工事を根拠にして、非事業用部分の取得費を算定すると、不当に安価になるおそれを否定しえぬから、右工事費は算定の根拠とすることは相当でない。

右算定方法により、非事業部分の取得費を算定してみるに、本件建物の総床面積及びその取得費総額、改築部分及び増築部分の各床面積、各取得費、取壊し費用がいずれも左の一覧表記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

一覧表

<省略>

そして、前期甲第一号証の三、四によれば、非事業用部分の床面積は、増築部分が一三三・八一平方メートル(三階九・四五平方メートル・四階一二四・三六平方メートル)、改築部分が九〇・八六平方メートルであり、合計二二四・六七平方メートルであることが認められる。

そこで、非事業用部分の取得費を算出すると増築部分が二五二二万七五三四円(但し、円未満切拾、以下同じ)、改築部分が六八九万八四四九円となる。

<省略>

<省略>

右非事業用部分の取得費から控除して、事業用部分の取得費を算出して、各金額を示せば、左の一覧表記載の各金額となる。

一覧表

<省略>

次に右費用の捻出について検討するに、成立に争いのない乙第五ないし第七号証の各一、二、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は福岡市内に有していた土地二筆を売却し、その売却益について措置法三七条を適用して被告に確定申告していること、原告は本件建物の取得資金を右譲渡代金から譲渡費用を控除したもの、公庫及び大分銀行からの借入金で賄い、なお右資金の内余った残金については事業用に使用したことが認められる。

右認定事実によれば、譲渡代金はまず譲渡費用に充てられた後、優先的に本件建物の内事業用部分の取得費に充てられたと考えられ、また弁論の全趣旨によれば、公庫の借入金を大分銀行からの借入金に優先して右事業用部分の取得費及び取壊し費用に充てたものと認められ、さらに右譲渡代金、譲渡費用、公庫及び大分銀行からの各借入金の各金額について、左の一覧表記載の金額であることは当事者間に争いがないから、資金の充当関係は同表記載のとおりとなる。

一覧表

<省略>

そして、原告が、昭和五二ないし昭和五四年に、公庫及び大分銀行に支払った支払利息の金額が左の一覧表記載のとおりであることは当事者間の争いがない。

一覧表

<省略>

以上の事実を基にして、必要経費となる支払利息の金額について算定するに、本件建物の内事業用部分の取得費、取壊し費用及び本件建物以外の事業用に使用した資金に係る支払利息については必要経費としうるから、前記充当関係に従って、その利息金額を算出すれば、次のとおりとなる。

昭和五二年 四一七万二九三五円

<省略>

昭和五三年 五九八万二八一五円

<省略>

昭和五四年 五四五万七四七六円

<省略>

(二)  減価償却費とすべき金額

原告は、青色申告の更正処分において附記した理由以外の事実を、当該更正処分に対する取消訴訟において課税庁は主張しえない旨主張する。

しかし、更正処分において理由の附記が求められるのは、当該更正処分をなす者の判断を慎重にさせ、その合理性を担保し、処分者の恣意の抑制を図るとともに処分の相手方に不服申立の便宜を与えるためと解され、その趣旨、目的を超える強い意味付けを与え、課税庁に主張制限という拘束を付与することは法令上の根拠もなく直ちに認め難く、また成立に争いのない甲第五号証の一ないし三によれば、本件処分の附記理由は、本件建物の工事費に係る支払利息の内必要経費とすべき金額の算出方法について記載されていることが認められ、必要経費とすべき支払利息の金額は、前記2で説示したとおり、本件建物の内居住用住宅部分の存否及びその範囲との関連によって決まるのであり、減価償却費についても、右居住用住宅部分は償却資産とならないから、右居住用住宅部分の存否及びその範囲と密接な関連を有するのであり、本件処分の附記理由において減価償却費に言及していなくとも、原告が右居住用住宅部分の存否及びその範囲について当然争わざるを得ない点を指摘している以上、被告に減価償却費についての追加主張を許しても、原告に格別不利益はなく、原告の右主張は失当である。

そこで、減価償却費について判断するに、本件建物の内事業用部分のみが償却資産となるから、その取得費一億九二一万四〇一七円(増築部分九四九六万〇〇五五円、改築部分一四二五万三九六二円)が償却の際に基準となる金額となる。

ところで、原告は福岡市内の土地を売却し、その代金を本件建物の工事費に充てたとして、措置法三七条の適用をしたうえで被告に確定申告しているから、減価償却費の算定においては、同法三七条の三第一項三号により右基準金額から右譲渡により得た利益金額を控除したうえで算出することになるが、原告が取得した右利益の金額を認め得る証拠はないから、譲渡代金から譲渡費用及び措置法三一条の三により算出した取得費(譲渡代金の五パーセント)を控除したものを右利益金額(以下、「圧縮額」という。)とするほかなく、これを算出すると三九三七万五九二九円となる。

4218万6694円-70万1430円-(4218万6694円×0.05)

(譲渡代金額)(譲渡費用額) (取得費)

=3937万5929円

本件建物の内増築部分の減価償却費について検討するに、右部分の工事費の内空調設備、電気設備、給排水設備、昇降機設備の各金額が、別紙増築部分減価償却費一覧表(以下「増築部分一覧表」という。)取得価格欄記載の各金額であることは当事者間に争いがないから、これら金額の合計額を増築部分の内事業用部分の取得費から控除すると同表取得価格欄の内建物の金額欄記載の金額となり、右各設備費及び建物の取得費で圧縮額を按分すると同表圧縮額欄記載の各金額となり、これを右各設備費及び建物の取得費から控除すると同表買換取得価額欄記載の各金額となるから、これを減価償却費算定のための取得費とする。

ところで、原告が減価償却費の算定について、定率法を採用し、これによって確定申告していることは当事者間に争いがないから、所得税法四九条、同法施行令一二九条、減価償却資産の耐用年数等に関する省令四条によれば、右各設備及び増築部分の償却率は増築部分一覧表償却率欄記載の各比率となり、これを乗じて昭和五二ないし昭和五四年の減価償却費を算定すると同表各年の償却費欄記載の各金額となる(但し、昭和五二年分については、前記二2(一)で認定したとおり、本件建物が昭和五二年八月ころ完成したから、減価償却費は四カ月分として算出した。)。

次に本件建物の内改築部分の減価償却費について検討するに、右部分の内事業用部分の取得費は一四二五万三九六二円であり、圧縮額は全額増築部分の減価償却費算定において控除したから、右金額をもって取得費として算定することになり、増築部分の場合と同様に定率法によって算出すると別紙改築部分減価償却費一覧表の昭和五二ないし昭和五四年償却費欄各記載の各金額となる(但し、昭和五二年分については、前記のとおり四カ月分として算定した。)。

(三)  以上算出した必要経費となる支払利息金額及び減価償却費は、左の一覧表のとおりである。

一覧表

<省略>

原告が修正申告において、必要経費とした支払利息及び本件建物の減価償却費が左の一覧表記載の金額であることは当事者間に争いがない。

一覧表

<省略>

そうであれば、原告が修正申告において、必要経費とした支払利息及び減価償却費の各金額は、当裁判所が認定した金額よりも左の一覧表記載の金額分だけ過大となっていることになる。

一覧表

<省略>

そして、原告が修正申告において、所得金額とした金額が左の一覧表申告所得欄記載の各金額であることは当時者間に争いがないから、原告が必要経費とした支払利息及び減価償却費の内右過大部分を右金額に加算すると同表認定所得欄記載の各金額となり、本件処分において認定した所得金額が同表本件処分所得欄記載の各金額であることは当事者間に争いがないから、本件処分において認定した所得金額は、当裁判所認定の所得金額を下まわることになる。

一覧表

<省略>

次に当裁判所が認定した右所得金額及び本件処分における認定所得金額に対する納税額及び過少申告加算税について検討するに、前記甲第五号証の一ないし三によれば、昭和五二ないし昭和五四年の原告の所得控除金額は左の一覧表所得控除金額欄記載の各金額であり、また右年分の原告の税額控除金額は同表税額控除金額欄記載の各金額であることが認められる。

一覧表

<省略>

そこで、所得控除及び税額控除の右各金額を前提として当裁判所認定所得に対する納税額及び過少申告加算税を算定すると左の一覧表当裁判所認定額欄記載の各金額となり、また本件処分の認定した納税額及び過少申告加算税の各金額が同表本件処分認定額欄記載の各金額であることは当事者間に争いがないから、当裁判所の認定した納税額及び過少申告加算税の各金額は、いずれも本件処分の認定したものを上回ることになる。

一覧表

<省略>

したがって、本件処分は、原告の所得を過大に認定し、過大な税負担を課したものとはいえず、かつ、その他違法な点は認めえない。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西田育代司 裁判長裁判官三村健治、裁判官白井博文は転補につき署名押印することができない。)

第一表

<省略>

1. 表中各欄の上段の数字は被告主張額、下段の数字は原告主張額を表わす。

2. 「<1>取得価額」欄の計は、準備書面中の増築事業部分、即ち増築診療所の取得価額を表わす。

(1) 被告主張額 増築工事分120,187,589円-居宅増築分28,506,115円=91,681,474円

(2) 原告主張額 〃 120,187,589円- 〃 21,313,500円=98,874,089円

3. 表中「否認すべき金額」欄の数字は「計」欄の上段被告主張額と下段原告主張額の差である。

第二表

<省略>

1. 診療所建物改築部分、上段の数字は被告主張額、下段の数字は原告主張額を表わす。

2. 「<1>取得価額」欄

(1) 被告主張額 改築部分21,152,411円-居宅改築部分7,316,790円=13,835,621円

(2) 原告主張額 〃 21,152,411円- 〃 8,574,732円=12,577,679円

増築部分減価償却費一覧表

<省略>

改築部分減価償却費一覧表

<省略>

図面(一)

<省略>

図面(二)

<省略>

図面(三)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例